1.研究テーマ
抽象と具象の境界は映像の中ではなく、見る人の気づきに現れる
動きのある映像を、抽象化した状態から徐々に具象へ立ち上げ、再び抽象へ還す映像作品である。動き続ける被写体を用い、歪みと滲みと残像で形を崩し、時間をかけて「それが何か」が立ち上がる過程を見せる。映像の中に、抽象と具象を分ける明確な線は引かれていない。両者は連続的に溶け合っているにもかかわらず、見る人の中には「なにかありそう」「あ、これだ」という気づきの瞬間が訪れる。本研究は、抽象と具象の境界が対象の側ではなく、見る人の認識の側に気づきとして立ち上がることを、体験として示す。
2.背景・問題意識
見た瞬間に何かを判別し、その「手前」を意識することは少ない
人は映像や風景を見るとき、無意識のうちに「これは何か」を瞬時に判別している。その認識は一度成立すると当たり前になり、判別が起きる手前「まだ何も定まらない揺らぎ」に目を向ける機会はほとんどない。止まった絵ではこの手前は一瞬で過ぎ、単に「何かを当てる」だけになりがちだが、動く映像では認識が時間をかけて立ち上がり、そのあいだを体験として引き延ばせる。本研究は、具象として認識される前後の揺らぎに立ち返り、抽象と具象を分けているのが対象そのものではなく、見る側の認識であることを問い直す。
3.問い
一度それと分かったら、映像はもう抽象に戻れないのでは
行き(抽象→具象)には二つの気づきがある。「なにかありそう」と問いが立つ瞬間と、「あ、これだ」と答え合わせが済む瞬間である。では帰り(具象→抽象)はどうか。すでに具象が何かを知っているため、「わかりそうでわからない」という段階2の気づきは起きにくく、境界は行きより弱まる、あるいは抽象に戻ったという気づきが生まれる。さらに人によっては、抽象に戻っても具象の残像が残り、二度と抽象に戻らない境界そのものが無くなる。本研究は、認識が一度きりの不可逆なものか、境界が人によって現れたり消えたりするのかを、体験を通して問う。
4.表現方法
動く被写体に歪み・滲み・残像を重ね、3段階を行き来させる
動き続ける被写体の実写映像に、タービュレントディスプレイス・ブラー・エコー(残像)を重ね、その強度をキーフレームで時間変化させる。強度が高い段階1では画面全体が色と動きだけの揺らぎに還元され、強度が下がる段階2で形がおぼろげに現れ、強度が0の段階3で具象として結像する。そこから再び強度を上げ、段階3→2→1へと抽象に還す。動かない部分も歪みと滲みで確実に崩し、全体を一度分からない状態に落とす。行きと帰りで気づきの質が変わることが、この作品の核である。
5.今後の展開
境界(気づき)はデザインできる
本研究で分かったのは、抽象と具象を分ける境界が、映像ではなく見る人の気づきとして立ち上がることだった。ならば、その気づきの瞬間は設計できるはずである。今後は、境界を動かす変数(具象化の速度、音、事前に与えるヒントや言葉、色・動き・形などの情報をいつ出すか、間や編集)が、気づきをどれだけ早め、あるいは遅らせるかを検証したい。さらに、同じ映像でも人によって境界がどれだけ違うかを集めれば、認識が立ち上がる瞬間を意図的にデザインするための手がかりになると考えている。
企画・制作
三浦 弘椋
三浦 弘椋
使用ソフト・ツール
Adobe After Effects 2026
参考文献・参考作品
映像素材 ― 動画AC(https://video-ac.com/)